2011年4月16日土曜日

乗り越える力(最後に一言)

 昨夜 遅くに戻りました。岩手県一関市から長崎県口之津までの1,800kmを、休憩をはさみながら車で移動。約29時間かかって自宅に到着しました。日曜の夕方に出発しましたので、丸5日間。あっという間だった気がします。その間、たくさんの方にご協力頂きありがとうございました。特に支援の準備をすべてなさった曹洞宗SVAや大分曹青会の皆さんには、本当にお世話になりました。私はただ連れて行ってもらっただけのようなものです。皆さんの献身的なご尽力に頭が下がります。また、その他にもたくさんの方々のご理解とご協力があって現地に向かうことができました。ありがとうございました。
 被災地に入り災害の甚大さを目の当たりにすると、言葉を失ってしまいます。胸から下の血液が一気に固まりだして、身体が重くなったような感じがしました。今までに経験したことがない不安感です。実際に見ている世界を頭が受け止められず、でも身体はその恐ろしい現実を感じ取っているような、頭と身体が入り交じって沈み込んでいくような重い感覚です。ですが、打ちひしがれている場合ではありません。やるべきことがあります。今回は炊き出しと救援物資の運搬を目的としてここまで来たのですから、それらをしっかりとやるのみです。私なりに全力で行いました。
 私はどうしても子どもたちに目が行ってしまいます。どうしているのかと心配してしまいます。案外子どもたちは元気で、訪れたところでは子どもたちの笑い声が聞こえていました。お友達と一緒に楽しく遊んでいました。2日目に訪れた集会所では、その日が震災後の初めての授業再開で、3学期の補習授業を行ったそうです。学校が使えないので、小さな集会所での授業。久しぶりに会えたお友達と目を輝かせて遊んでいました。初日と3日目に訪れたところは同じ老人福祉施設で、その中に子どもたちも一緒に住んでいました。私たちが料理を作っていると、興味津々に子どもたちが寄ってきます。そのうちに少しずつお話をするようになりました。ほとんどが子どもらしい楽しい内容なのですが、時々ドキリとするようなことを言ってきます。この春 中学校に入学するのを楽しみにしていた男の子は「新しい制服もないんだよね。家が流されちゃったからさ。」と明るく言います。私たちが作る焼うどんを楽しみにしていた男の子は「うどん、ひさしぶり~!前におばあちゃんと一緒に作ったことがあるんだよ。でも、家がないから、作れなくなっちゃった。」と、ちょっと寂しそうに言っていました。また、私がタマネギを切っていると女の子が遊びに来たので、私が「今は包丁を使っているから危ないよ。それにタマネギを切っている近くにいると涙が出てくるよ。」と言うと、その女の子は「もうたくさん泣いたから、もう涙はでないよ。」って言いました。私は何の言葉も返すことができませんでした。他にも、両親を失って「おばあちゃんと2人になっちゃったけど、もうすぐ学校が始まるから、僕ガンバリます。」と力強く言った子もいたそうです。この子たちの悲しみの深さはどれくらいでしょう。この子たちの悲しみを推し量ることはできません。余震も続く中、暗い夜にしっかりと眠られるのか心配になります。それでも、昼間の子どもたちの明るさのなかに希望を感じます。きっとこの子たちは、この悲しみを乗り越えてゆけるでしょう。私はそう信じています。
 今回の支援で私が痛切に感じたのは、自分の力のなさでした。本当にわずかなことしかできません。食材を刻むのも遅く、水などの重い物資を幾度も運ぶと腰が傷みます。水の冷たさに手が凍えるし、疲れてくると足が重くてテキパキとは身体が動きません。適切な言葉をかけることも出来ませんでした。ただただ無力感を感じました。ですが、その時に支えになったのは、ボランティア仲間であり、メールやダイアリーのコメントで激励して下さった方々です。仲間の声は絶大です。恋人の言葉一つで喜び、傷つくように、仲間の言葉に自分を鼓舞することができました。心からありがたかったです。
 恥ずかしながら、支援に向かうまでの私はボランティアのことを偽善的なイメージや自己満足的なイメージで幾分か見ていました。ですが「何かやらなくちゃ!」という衝動を抑えきれずに現地に入り、全身全霊で動いていると、以前にイメージしていたそんな小さなことではないことに気がつきました。もっと生きることの根本とつながっているような気がしました。きっと今東北地方でボランティアに入っていらっしゃる方も、人とのつながりを感じながら、懸命に動かれていることと思います。
 私たちに出来ることはたくさんあります。物資、義援金に限らず、祈ることや伝えることも支援につながると思います。ことの大小ではなく、「気づき」なのではないかと思っています。宿泊させて頂いたお寺のご住職に「私たち九州の人間も、どうにか被災者の方々の力になりたいと考えています。何か出来ることはありませんか?」と尋ねました。ご住職さんは「どうぞ被災地の特産品を買って下さい。この土地で生産したものが売れると、地元の経済が活気づきます。義援金も救援物資もとっても助かりますが、ここの特産品をご購入頂くと地域が活性化します。」と仰っていました。東北地方のお米を買ってみたり、晩酌に東北のお酒を飲んでみたり、ちょっとしたことで支援につながるようです。私たちが出来ることの一つに加えてみて下さい。
 岩手ではちょうどつくしが春の到来を告げていました。厳冬にも春が巡ってきました。この震災を乗り越えられる日が必ず来ます。小さなことが大きなことにつながっていくように、一人の小さな行動に仲間の声がかかって、その力が強くなり、その輪が大きくなっていくでしょう。そして、きっと想像もできないような強く大きな力になると思います。たくさんの人たちの悲しみは、たくさんの人たちの力で乗り越えていけると信じています。
知見
2011.4.16.

5 件のコメント:

  1. おっしゃるとおりです。
    読んでいて涙が出てきました。
    また行こうかと思っています。

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  2. 現地では本当にお世話になりました。mokuzousiさんの優しさと心配りに何度励まされたことか分かりません。感謝しています。
    2日目の夜にスケッチしていただいた僕の似顔絵、目が力強くてとても気に入っています。こちらもありがとうございました。
    とてもチームワークのよい仲間と一緒に活動できたことを誇りに思っています。
    知見

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  3. 私などは何もできず、ただ祈るだけです。遠路を命がけで現地に訪れ、一飯を捧げているお姿は、まさに菩薩行そのものだと思われ、しばし感涙にむせびました。有難うございます。(三橋健)

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  4. 何も、何も言葉にできません。
    無力な私は、今、自分にできることを考え、行動し、生きていくのみです。

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  5. みなさん、コメントありがとうございます。帰って来て一週間、少し冷静に振り返る事ができるようになりました。いま私がやる事は「伝える事」。現地で必死に過ごされている方々の小さな声をみなさんに届けよう思っています。
    知見

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